コククジラの骨格掘り起こし×3Dデータ化プロジェクト実施レポート【前編】
2023年1月28日・29日、千葉県南房総市の海岸にて、海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクトの研究生たちがコククジラの骨格掘り起こしと、骨格標本のデータ化のための3Dスキャンを実施しました。
掘り起こしは、東京海洋大学の専門家たちに指導を受けながら行い、3Dスキャンはこれまで11回にわたる授業で学んできた3D技術の知識を活かして挑戦する、貴重な取り組みです。
本企画は、本プロジェクトの海洋主任講師であり、専門性の高い教育でプロジェクトをリードしていただいている東京海洋大学の中村 玄助教から「クジラの骨格標本をつくる難しさ」を、プロジェクト代表・3D主任講師の吉本大輝が聞いたところから始まりました。
コククジラの骨格掘り起こしと3Dデータ化を実施した背景とともに、当日の様子をレポートします。
準備と後日の処理などふくめ、四日にわたる長丁場のイベントであったため、前後編に分けてお届けします。
イベント概要
開催概要:コククジラの骨格を掘り起こし、3Dデータ化をするためのスキャンを中高生の研究生が実施
開催日: 2023年1月28日(土)・29日(日)
開催場所:千葉県南房総市海岸
参加者:海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクトの研究生(一期生・二期生)と保護者、東京海洋大学鯨類学研究室の研究生・OB、クラウドファンディング支援者様など
参加人数:2日間延べ100名以上
指導:東京海洋大学鯨類学研究室 中村玄助教、日本3D協会代表 3D講師 吉本大輝
コククジラの掘り起こし×3Dデータ化の背景
海をより深く研究する為には、海洋生物の生態や習性などを紐解く必要があります。生物標本や骨格標本は、海洋生物研究の分野では、その生物を取り巻く環境や分類学、生物学、生態学、解剖学などの様々な視点から研究を行うためにも不可欠です。ただ標本には、維持や管理、保管場所と多大なコストが必要など課題も多くあります(※)。
これらの課題を一気に克服できると私たちが考えているのが、3Dスキャナーを使った標本の3Dデータ化です。実際に近年では、各国の博物館がデジタルアーカイブの一つとして、標本の3Dデータの収集と公開をするようになってきています。本プロジェクトは、2016年3月に南房総市の漁港に打ち上げられ、砂浜に埋めていたコククジラの骨格を掘り起こし、3Dデータ化をすることで、後世に貴重な標本を残すための取り組みです。
※私たちがコククジラの掘り起こしを行った背景の詳細や、クジラの骨格標本が少ない理由は、2022年末に実施したクラウドファンディングのページに詳しく記載していますので、ぜひご覧ください。
https://camp-fire.jp/projects/view/637382
2023年1月10日 事前下見
今回、掘り起こしをするコククジラは、2016年3月、千葉県南房総市の和田浦にストランディング(座礁、漂着)したものです。当時、対応にあたった中村助教と鴨川シーワールド館長の勝俣さん、飼育員さんたちとともに、2023年1月10日、掘り起こし当日にスムーズに作業を進めるための準備として、埋めたあたりの場所を約2メートル手掘りしました。4時間ほど作業し、骨の在り処を見つけ、目印を立てました。見つけたのは、左肋骨の先端。通常、標本を作るために砂に埋める期間は3年程度ですが、こちらを触ったところ、埋めてから7年近く経過しているため、骨が脆くなっている状態であることが分かりました。「掘り起こし当日は気をつけて扱わないといけないね」と話をして、この日は解散しました。
2023年1月27日 前日の準備。スキャンを実施するためのテント設営
3Dチームは東京海洋大学の研究室のみなさんとともに、前日入りし、3Dスキャンを実施する場所としてテント設営を行いました。
2023年1月28日 掘り起こし当日
午前中は重機で掘り起こし開始
掘り起こし本番の日。朝9時から、パワーショベル(重機)を使って、骨格の30センチ上を目指して、まず1メートル50センチほど掘り下げていきました。骨に接触して壊さないように、慎重な作業がされました。ある程度、骨の位置が分かった時点で手掘りに切り替え、作業中は適時、砂をショベルカーで除去しながら取り組みました。
開講式・集合写真・チーム分け
13時に作業を中断して、開講式を実施。日本財団や事務局のみなさま、クラウドファンディングのご支援者やご家族など遠方までお集まりいただき、「楽しみにしていました!」というお言葉も頂戴し、本当にありがたかったです。研究生の保護者やご家族のみなさまにもご参加いただきました。
吉本大輝、中村助教が、開催できたことへの御礼と、掘り起こしに関する注意点を述べたあと、ワコムの角井様、NSNの野田様、日本財団の坂根様などにもご挨拶いただきました。
参加者から、緊張とワクワクが伝わってきます。
集合写真をとったあと、東京海洋大学の鯨類学研究室のみなさまがリーダーとなり、生徒は4チームに分かれました。掘り出し作業に取り組むための手順や注意事項などをお話いただきました。
いざ、掘り起こし!
開講式を実施したテントがある本部から歩いてすぐの浜辺へ、全員で移動。
チームごとリーダーに安全管理ならびに作業指導をしていただきながら、丁寧に、肩甲骨、肋骨、椎骨骨を掘り出しました。
こちらは、肋骨(あばらぼね)です。長いですね。折れないようにそっと砂を払います。
続いて、椎骨。
子どものクジラの椎骨は、骨端板(こったんばん)が椎体(ついたい)と癒合していないため、標本作成をする際に分からなくならないよう、パズルのようにピッタリ合うペアを探し、ラップで巻いて離れないようにしてから、ラベリングの工程の準備をしました。
掘り出された骨は、横に敷いた大きなブルーシートに運び、研究生の保護者皆様やクラウドファンディングのご支援者様たちの手で、丁寧に砂を落とされました。
今回、東京だけではなく、埼玉県や神奈川県など、遠方にもかかわらず二日間ともご参加くださった方が多くいらっしゃいました。そして、ただ見学するのみならず、興味深く観察しながら、骨のクリーニングをしていただいたり、運ぶのを手伝ってくださり、たくさんのお力添えいただいたおかげでスムーズな進行ができ、チームとしても大変ありがたかったです。
こちらは肩甲骨。大きいです!
胸鰭(むなびれ)がこちら。クジラの指の骨は離れているので、ばらけて位置関係が分からなくなってしまわないように、慎重に掘り出して、並べました。
こちらは頭骨。もろくなっているので、優しく砂を払いながら、骨の破損をふせぐための特殊な樹脂を塗りました。エアダスターを細かく動かして、余計な砂を吹き飛ばします。
掘り出した後は、折れないように、ラップでぐるぐる巻きにしました。大きくて手では運べないので、スリングベルトを二本かけた状態で、慎重にショベルカーで引き上げました。
シートに並べ、骨の種別にラベリング
掘り起こしたコククジラの骨格をシートに並べ、全体の骨格がわかるようにラベリングをしました。埋める際にも肋骨、脊椎の骨、胸鰭、頭骨などを掘り出し時に分かるように並べて埋めていたので、掘り出す際にもスムーズに並べることができました。
こちらは、脊椎の骨を実際の順番にしたところです。
バケツリレー式に、丁寧に持って、骨を運びました!
並べた骨を記録したら、順番にひとつずつ骨をバケツリレー形式で、3Dスキャンをするテントまで運びました!研究生たち、支援者様、保護者の方々など、みんなでの作業がとても楽しかったです!
「これは、椎骨でーす!気をつけて!」など、みなさまで声をかけあって、無事に運び終わりました。このときも、ご参加者みなさまとの一体感が生まれた気がします笑
掘り起こした骨格を3Dスキャン
続いて、このプロジェクトの特徴である3Dスキャン!中学生たちが、海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクトでこれまで座学と実戦形式で学んできたことを活用する絶好の機会となりました。横に設置したモニターで確認しながら、細やかに手を動かし、データ取り込みの漏れがないよう丁寧にスキャンしました。二日間で掘り起こした骨格のスキャンデータをもとに、後日プロジェクトチームの3D専門家がレタッチ作業を行い、3Dモデルを制作します。(2月現在、懸命にとりくんでいます!)
スキャンが一通りおわり、無事にイベント終了となりました。
このあとは、締めのご挨拶を行い、解散となりました。掘り起こしとスキャンを実施した二日間の翌日、3Dチームと東京海洋大学鯨類学研究室のみなさんは残りの大切な作業として、このあとデータ化を実施する、京都の西尾製作所さんへのバンの積み込みを行いました。(後編へ続きます。)
参加した研究生の声(一部抜粋)
中学一年生 杉山紗代さん
クジラの骨格標本を作るには何年もかかり、作業も大掛かりなものです。
クジラの骨をこんなに間近で見たり触ったりすることはなかなかできませんし、骨格標本のつくりかたも実際に体験して知れて楽しかったです。
中学二年生 杉本拓哉くん
骨が思ったより重かったこと、質感が木にそっくりだったことに驚きました。
骨が脆く、踏んだりぶつけたりしないように、気をつけて砂を取り払う必要がありました。無理な姿勢で作業をすることが多く筋肉痛になってしまいましたがそれも含めて楽しい思い出になりました。普通は、研究関連の方しか参加できない現場に立ち合うことができた上に、実際に作業までさせていただくことができ、本当に貴重な経験でした。出来上がった標本を見に行くのが楽しみです。
このような機会を与えていただき、感謝しています。
中学二年生 岡本結和さん
私は小学校6年生の時にコククジラを調べていて、いつか中村先生とコククジラの掘り起こしをしてみたいと思っていたので、その夢がかなってとても嬉しいです。掘り起こしたクジラの骨は、ずっしりとした重みがありました。「このクジラが広い海でたくましく生きていたんだ」と思い感動しました。コククジラは首をあまり使わないので頸椎がくっついていることがあると中村先生に教えていただいたことがありました。実際に見てみると7個の頸椎のいくつかがくっついていることを自分の目で確認できました。
中学三年生 草原宏仁くん
今回コククジラを発掘するという貴重な体験ができて感情が昂ったことを覚えています。
特に掘り起こしを行うときに土を払い骨を取り出すことができた時に感じた達成感は凄かったです。
骨が揃ってゆき鯨の骨格が完成した姿は図鑑や展示されている物そのものだと感じた事には感動も覚えました。
全体を通してコククジラの発掘活動には驚かされましたが楽しく活動することができました。
中学三年生 長谷川更紗さん
埋まっている骨を掘り出すという貴重な体験ができてとても楽しかったです。クジラの肩甲骨や指の骨など補充類を思わせるパーツがいくつかあり、骨格を見てみるとクジラは本当に哺乳類なんだなぁと改めて認識出来ました。
中学三年生 関根秀真くん
クジラの掘り起こしでは、玄先生が事前にクジラについて説明をしてくださっていたので、それほど詳しくなかった自分でもある程度理解して取り組むことができました。今回の骨は通常の期間の倍程度埋められていて、脆くなっているという話を事前に聞いていたので、作業にはより神経を使いました。一期研究生の皆さんとも交流ができ、とても面白かったです。
高校一年生 冨田蓮さん
骨を持ってみたらずしっと重くてクジラの大きさを実感したし、最後に実際の骨格の並びにした時はクジラが生き返ったみたいで感動しました。これから自分たちで掘ったものがデータになってたくさんの人の手元に届くと考えるととてもワクワクします。
鴨川シーワールド館長・講師から
鴨川シーワールド館長 本プロジェクトスペシャルアドバイザー 勝俣 浩さんより
2016年コククジラが座礁した日のことはよく覚えています。最終的に浜辺に埋めるまでに色々あったのですが、このように盛大なプロジェクトになり、研究だけではなく若い方たちの将来に役立つことをとても嬉しく思います。
日本3D協会代表 本プロジェクト3D講師 吉本大輝より
クジラの掘り起こしという前代未聞のイベントを開催でき、生き物好きとしてとても有意義な時間でした。さらに中学生たちと3Dスキャンを行い、骨格標本をデータ化するという、未来につながる取り組みにワクワクしました。主催者という立場でしたが僕も皆さんと一緒になって楽しめました。
支援してくださった皆様、本当にありがとうございました!
東京海洋大学鯨類学研究室 助教 本プロジェクト海洋講師 中村玄より
掘り出しの2週間前、鴨川シーワールドのスタッフとともに骨の状態を確認したところ、骨がかなり脆くなっていることがわかりました。すべての骨が粉のようになってしまっていたらどうしようと不安で前日はほとんど眠れませんでした。
開講式の前に研究室スタッフとともに骨の配置や状態を確認しました。ショベルカーのオペレーターはまるで自分の手足を動かすように大胆かつ繊細に砂を掘り出し、作業しやすい環境を整えてくれました。埋めた時の配置図を参考にシャベルや手で掘り進めるうちに、想定していたほど骨の状態は悪くないことがわかり、安堵しました。
開講式が終わり中学生の生徒たちが作業を開始しました。生徒たちはグループリーダーの指示に的確に従い、テキパキ作業をこなしていました。さらに保護者や支援者の方にも骨のクリーニングや運搬などを手伝ってもらえたおかげで、結果的には想定よりも早くすべての骨を掘り出すことができました。
今回掘り出された骨格はこれから100年以上保管され、研究者だけでなく、多くの人の目に触れることとなるでしょう。
全国的にも珍しいコククジラの骨を掘り出す体験を多くの方と共有できたことを心から嬉しく思っております。